なつきレッスン2

元デリ姫なつきです。風俗辞めて10年、見てきたこと考えてきたこと。

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みえぽ、アキラ、美咲、なつき、あおい、ぽっきい

この6人の名前に聞き覚えがある人は昔からの読者の方だと思います。

このうち、みえぽちゃんは亡くなりました。何回も言うけど涙枯れ果てるほど泣きました。あと何年も何年も引きずると思います。

追悼の意味も込めて、
この古い仲間たちのことを一人ひとり書いていきたいと思います。
みえぽちゃんが一番喜ぶんじゃないかな。仲間のこと好きだったから。

最初はアキラから。

アキラ師匠と会ったのは、わたしがまだ八戸市というところで会社員をしてた頃。男に依存して借金作ったあげくに振られてしまい、人生どん底だった時です。

あの頃、アキラ師匠はまだ20代でした。ガラが悪い感じでね。チンピラみたいっていうんじゃなくて、蔑まれた人生の底の方から這い上がってきたような、暗い目をしていました。

彼は風俗のスカウトをしていて、最初なんだこいつって思っていたんですけどね・・・結局風俗の仕事をすることになって。わたしにはそれしか選択肢がないような気がしたんです。
ほんとはね、風俗なんてやらなくてもよかったんだと思います。ただのやけくそというか。病んでたんですね。

でも、アキラという男のすごさを知るようになったのは、それから毎日のように仕事もプライベートも一緒に過ごすようになってからです。

今でこそ、彼は大人の男として、人格者としてのイメージかもしれませんけど、当時はそんな尊敬されるものは一切ありませんでした。彼も借金を抱え、今を生きるのに必死で、いいことも悪いこともしてきた男でした。
相当嫌われていたしね。

でも、わたしから見て、彼のすごさってあったんです。

それは感受性。

虐待を受けて育ち、イジメられて学校生活を送り、ずっと貧しい生活を送ってきた彼は、
わたしが知ってる人間の中でもっとも人を思いやる人でした。もちろん、今も変わりません。

なつきメシ食ってんのか?メシ買えてんのか?家賃払えてるのか?困ったことはないか?寂しくないか?
大丈夫か、大丈夫か、大丈夫か、

いつもそういう気持ちでわたしに接してくれました。ポーズじゃないんです、本気なんです。まるでわたしが兄妹のように。

子供が虐待を受けて亡くなった新聞記事を読むと、声を上げて泣いていたり。

優しいって言葉では違うんですよ。
頼もしいっていうのとも違う。

自分を犠牲にしてまで他人に尽くすのが、ちょっと病的なほど。

きっと、寂しくて苦しいのは自分だったんですよ。だから、他人の寂しさ悲しさ苦しさを自分事のように感じるんです。

下手したら病気にもなる感受性ですけどね。

わたしが悩んでいるといつも食事作ってくれました。彼が住んでいた古いアパートで、こたつに入っていろいろ食べたっけ。
わたしは普通の家庭で育ったのでそれは当たり前のことでしたけど、
彼は、親から手作りのものを作ってもらった記憶がないんだって。
だから自分で料理をして、友達と一緒に作ることで家族になりたかったのかな。みんなそう言います。

そう、家族が欲しかったんですよ。

ずっと家族を追い求めて生きてきた孤独な子供なんですよね。
おかあさん、おとうさん、おとうと、いもうと。そういう家族が欲しかったんだと思います。

でも、いつも手に入らない。もがくように生きている姿がわたしはとても好きでしたけど、いつも悲しい気持ちにもなりました。

雨が降るなかを、濡れながら歩いて行く寂しそうな男の子。それがいつも彼のイメージです。今も。

彼がいつか、彼を同じように思ってくれる優しい美人な女性とちいさな家庭を築けるようになるといいと思ってます。

きっと、ちいさな家で、ちいさな幸せを育てていく生活が彼には合ってる。

ずっと貧乏な彼だったから、もっとお金も稼いで、地味だけど優しい家族を作ってほしい。

残念ながら重い病気を抱えてしまっています。

わたしとも会ってくれません。

ここ、きっと読んでると思います。

兄貴、こころをもっと開いてもいいんだよ?諦めないで。


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