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なつきレッスン2

元デリ姫なつきです。風俗辞めて10年、見てきたこと考えてきたこと。

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プジョー、夜の海、朝日が漏れる部屋

もう消えてしまった大昔のブログにはいつも車の話題を書いていました。

車、好きなんですよね。
それは私の人生がみじめでコンプレックスだらけだったから。

当時のブログの思い出も後でブログに書きますが、今日は車の話題をします。

青森県の高校を卒業し、大学に入ったはいいものの色々あって退学してしまった時。

なんか東京にいるのも苦しくて、一度青森に戻ったんです。

実家は弘前市というところにありましたが、そこに帰る気はなくて、八戸市という街に行きOLをしました。

OLという言葉も時代遅れですかね(笑)

そこでは何か自暴自棄になってしまって・・・生活能力のない男にハマって依存してしまい、気がついたら借金まみれでした。

家賃の支払いをしてしまえば、もう食べるのもギリギリ。

それでもまたサラ金で借金して車にガソリンを1000円だけ入れては男に会いに行く始末。

ダメ女です。

その頃乗っていた車は、シビッククーペ。八戸に来たばかりの頃に中古で買ったボログルマです。

着座姿勢が低くて、今だと腰が痛くなりそうな車でしたね。ドアを締めるとべちゃん!って安っぽい音がして。

いい思い出は一切ありません。

お金でついに破綻しそうになった頃、アキラ師と再会し、風俗の仕事をするようになりました。

シビッククーペは実は自動車税も滞納し、車検もなくなっていたんです。なので手放してしまって。

その頃、アキラが乗り古していた1995年モデルのフォルクスワーゲン・ゴルフGTIをもらいました。ゴルフⅢというフェーズのタイプで、左ハンドルのMT車でした。当時既に古い車になっていましたが、アキラ兄貴が新しいゴルフを買ったので、譲ってもらったんです。

油圧クラッチがものすごく軽くて、シフトもコクコク気持ちよく入る、本当にスポーツカーでしたよ。シートもレカロだった気が。
エンジンをかける度に、ぶおんって鼻息荒くなるこの車がかっこいいなあ~って思ってました。

風俗の仕事はもう気持ち悪くて気持ち悪くて、自分が糞便まみれになったような気がして。
そんな精神状態だったのでGTIはあまり好きになれないというか、オイル漏れも知っていて直さないでいるうちに壊れてしまいました。
このGTiはその後アキラがまた直したのですが、事件を起こす車になってしまいます。(そのことはまたあとで)

その後で風俗で働いたお金で手に入れたのが、プジョー306XSi でした。
中古でしたけどね。25万円、車検一年つき。

これがまたボロボロでして。電気系統が弱すぎてメータパネルがいきなり動かなくなるんです。真っ暗(笑)
ガソリンの量も分からないので、いつも満タンにしていました。あ、本来ハイオク仕様なんですが、レギュラー入れていました。こんなんにハイオクなんか奢れるかって。

ゴルフに比べたら、なんか格下のカス車だなといつも思っていました。適当に扱って、もういい加減に捨てようと思っていたあるとき、
ふとこのプジョー306のダメさ加減が、私みたいだなって思ったのです。

なんか見た目はカッコいいけど、中身はポンコツ。呆れ果てられては乗り捨てられる女。

それでも306はけなげに一生懸命走るんですよ。それで気付いたんです。こいつ、いくら駄目でも、走れなくなるっていうことが一度もないってことに。
機械に対して神経質な日本人には理解できないこのポンコツにある丈夫さというか、しぶとさというか。
ポンコツなのに暗くない。ポンコツなのに、それでも澄ましてるんです。

なんか愛おしくなってね。

それで捨てようと思ってからずっと長く乗るようになりました。

デリ嬢時代の最後あたりにブログを始めて、記事にこの306のことを書いたら・・・

男たちからだっせーとか、そんな風俗嬢きもいとか、おっさんだろとか、もうめちゃくちゃ言われましたね。

そんな馬鹿にされるのもわたしみたいな306でした。

風俗の仕事も事務所にプジョーで行きました。仕事が終わって帰る午前3時頃、プジョーを走らせて郊外の山に向かったことがあります。そこからは、遠くに岩木山が見え、裾野に夜景が広がるんです。あまり有名ではない公園からの眺めでした。

ある時は306に乗ってラーメンを食べに行ったり、
ある時は高速道路を飛ばして仙台まで遊びに行ったり、相棒って感じでしたよ。

トラブルで落ちぶれてしまったアキラを乗せて、病院に連れて行ったこともあります。

楽しい思い出も、辛い思い出も、辛くて楽しい思い出も、たくさんあります。

風俗嬢を辞めて会社を始めてからしばらく経ち、306を手放すことになりました。

最後はブレーキローターも割れたりしていました。大往生という感じ。

それでも最後まで路上で立ち往生することもなく走り続けた車でしたよ。生まれて初めて車という道具に愛情を感じたプジョー306でしたね。

そのあと買ったのもまたプジョーでした。

プジョー406クーペ。

ピニンファリーナのデザインで、とてもかっこいい車でした。

でも、それほど心は動きませんでした。へえ・・・ってだけ。

商売も軌道にのり、私も結婚することになって、ついメルセデスに浮気してしまいました。

メルセデスは確かにすごい車でした。文句のつけようがなくて、每日乗るとさらに凄さが分かります。

でも、私の車じゃないなって。私らしくもないのです。

数年乗って、またプジョーを買いました。

プジョー605。グレーのボディのポンコツ。初度登録1990年。ボンネットの塗装が色あせているような車です。

なぜプジョー605かって。

それは、605はアキラが若い頃乗っていた車だから。ブログによく登場してきます。

605にちなんだ物語をよく話してくれました。あの頃はブログもないので、夜な夜なアキラが思い出話をしてくれるんです。当時一緒に住んでましたからね。
アキラと一緒に寝ていました。真っ暗な部屋の中で、思い出話をしていたかと思うと、静かになり、いびきをかきはじめるんです。
それはいつもいいところで話が終わってしまう。

そんな話によく605が出てきました。ハンドルがフラフラして落ち着かない605を走らせて、当時の彼女と夜の海に行った話を聴くと、わたしにもその夜の海の風が感じられるような。

1990。あのラブレスキューという短編小説群に出てくる時代の話。

私の605は40万円で買って、車検とか整備や内装のやり直しで270万円かけました。馬鹿げてます。新車のプジョーが買えます。エアバッグすらついていません。

でもいいんです。

色あせたボディを塗り直し、ひび割れたグレーのレザーシートを張替え、落ちていた天井の内張りを直して、エンジンや足回りも徹底的に直して。それで270万円は安かったと思います。
ヤフオクに奇跡的に劣化していないステアリングや比較的綺麗な純正ホイールが出ていました。その出品者から部品をあらかた買い占めたり。
みょうちくりんなHIDのヘッドランプがついていたので、外して純正に戻しました。おしっこみたいに黄色がかったヘッドランプです。

お友達の整備士のおじさんの職人技に助けられました。

色あせたダッシュパネルをまるごと交換するか、可能ならレザーを貼るとかしてみようと思っています。

おじさん臭い車だね~ってみんな馬鹿にしますけど。車に詳しくないおばさんからは、これクラウン?とかセドリック?とか言われます。
左ハンドルで、使いにくいったらありゃしない車。無駄にでかいので、駐車場のチケットが取れません。最近、やっと子供が大きくなったので取ってもらったりしますけど。

この車、手放す気はないです。もう二度と手に入りません。

私にとっても、あの苦しい時代にアニキの物語にのめり込んで夢を見た車ですからね。

もちろん、この車1台でなんでもこなせるわけがありません(笑)ただの趣味です。

日常の買い物や仕事は、全部トヨタのプリウスです。30系のレンタカーからのお下がりの中古ですよ。

扱いやすいですよね。これはこれで便利でたまりません。燃費が26kmとかすごすぎます。本当は20系のプリウスが良かったんですが、革シートのものがなかったので諦めました。

でも、わたしには何の物語もない、ただの道具ですけどね。
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